足と声

 白いシーツの上に仰向けに寝た妾と交わるオレがいる。
 ピンクになまめかしく光るアメリカ芙蓉の花弁をオレの舌が慈しんでいる。繊細な被膜と大胆な粘膜の上をオレの舌は丁寧に伝い、匂いと感触を巻き取っていく。だが女は大の字のまま動かない。
 オレは固まったファルスを女のそれにあてがうべく態勢を整える。だが入らない。女は受け入れるつもりでも、女のそれはオレを拒むようだ。
 ふと顔を上げると横に正妻が座っている。さめざめと泣く妻は、妾の父親を世話することの艱難辛苦を切々と訴え始める。
 やおら妻は立ち上がり、廊下をすたすたと歩き始めた。
 オレの足も妻の背中を追う。追いながら慰めの言葉が自然と漏れる。
 廊下はどこまでも続く。無間回廊のように引き延ばされた廊下をオレの足と慰めの言葉が追いかける。
 だが、果てしない長廊下と間断なき慰めは、突如現れた襖の前でぷつりと断ち切られる。襖の向こうに消えようとした妻の背中をオレの足が蹴ったのだ。
 襖の奥に消えた妻の向こうから大きな「声」が響く。縹渺とした声は砂に沁み入る水のようにオレの心を埋める。しかし、それは声のまま言葉にはならない。オレの口は声を咀嚼できないまま、その糾弾の響きを飲み込み、オレの手は襖を閉め、オレは背を向けた。
 オレの踵が返ると、目の前にはいつ果てるとも知れぬ階段が延々と下っていた。オレはその階段を無心で下っていく。
 声の批難の色はますます濃くなり、それと相俟ってオレの両脇は一面赫々と燃え始めた。燎原の火のごとく勢いを増しながら燃える世界から、そしてオレを指弾する声から逃れようと、オレの足は階段を降りていく。
 落ちる勢いで階段を降りていくと、無限とも思えた階段にも終わりがきた。だが、あと一階分降りたら地上というところで、オレの隣に声が現れる。
 オレはついに声を目撃する。
 橋の上で叫ぶムンクの絵のような顔。表情はなく、ただその歪なかたちが怒りを発していた。体は闇と同化しているようで見えない。どこからともなく生えた両手が紙のようにひらひらと揺れていた。
 オレの足は声から目を逸らし、最後まで階段を降り切る。
 地上にはたくさんの人々がいた。しかし、声の呼びかけに促されたのか、それともオレの姿を認めたからなのか、群衆は蜘蛛の児を散らすようにどこかに消えた。
 群衆が消えると目の前には赤黒くマグマのように燃える渦が待っていた。
 そして夢が醒めた。