錨とロープ 

 波止場を静かに漂う一本のロープ。ぎらぎらと照りつける日の光は、たゆたう水面の譜面の上で踊る。サンダンスに促されてロープはうねる。リズムを刻むように静かにうねる。引っ込み思案の海蛇のようにただうねる。
 テトラポットに佇む一丁の錨。沖からはるばるやってくる高波が、ざぱっと桟橋を洗って砕ける。水しぶきで洗顔を済ませた錨は笑う。鈍色に斑の鳶色をのせてきらきらと笑う。天寿の全うを悟ったゾウガメのようにただ笑う。
 ロープは沖へ出ていく。ゆっくりと、海原の痘痕をさするように。
 錨は動かない。じっと、空と海の逢引きを懐かしそうに眺めている。
 ロープはどこまでも流れていく。ココナツの樹液を舐め、バルカン半島の鼻先を触り、ユーラシア大陸の外れでシジュウカラの嘴にさらわれる。どこまでも続く蒲鉾道にひとり置き去りにされ、土煙をもうもうと上げるトラックに踏まれ、きゅっと断末魔の呻きを上げたところで少女に拾われる。
 鳶色の眼をした少女は、ロープを掴み、ずるずると引き摺っていく。人買いに売られていく少年のように、ロープは地面に証しを必死に留める。どこまでも続く蒲鉾道の真ん中に、証しはうねりながら引かれていく。
 空を見上げて錨は待つ。再びロープに繋がる日を。